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■エッセイ(雑感)■

通訳の質について(アジアスポーツ法学会国際学術大会での経験)
                             弁護士菅原哲朗


1 北京の秋空は青い。北京市街地から郊外に約30キロ、万里の長城で有名な八達嶺高速道路に乗り1時間弱の旅程で、中国政法大学の昌平区キャンパスに到着する。市街地の排気ガスを吹き飛ばす北京郊外の寒風ともに「北京秋天」は爽やかだ。
 2007年11月9日から11日まで、中国政法大学(1952年創設、学生数約9000人の法学専門大学)においてアジアスポーツ法学会国際学術大会が開催された。テーマは「オリンピックにおける法律問題」だ。中国法学会スポーツ法研究センターは総力を挙げて日本・韓国および中国全土から120名を超える法学研究者を集め、この大会を主催した。
 北京は「One World One Dream(一つの世界、一つの夢)」のスローガンで2008年オリンピックを国家プロジェクトと位置づけ、政治経済への飛躍的な好機と捉えている。北京五輪を運営する国家体育総局政策法規司の役員や北京オリンピック組織委員会の事務メンバーも参加した。

2 私は中国に出張するときは優秀な中国人通訳をつける。今回の北京では北京外語大の大学院修士2年生だ。静粛な学会報告の際は、声を発するわけにはいかないので、速記のようにノートに日本語で翻訳要旨を書き出し、ザワザワした討議では、中国語で論争する概要を小声で通訳する。韓国での国際学術大会と異なり、中国では論争点と進行状況が的確に理解できる。これもひとえに通訳の質に関わっている。
 とりわけ論争における通訳の役割は重要だ。中国共産党の某高官は、日本大使時代から日本語に熟達し名手と高名だが、数年前北京で開催された公式行事での質疑応答ではあえて日本語通訳をつけ、微妙に訳が違うと日本語添削を平然とする姿を垣間見た。部下の通訳も緊張していた。もし玉虫色の合意文書で言葉の行き違いが生まれれば、通訳の間違いと反論できるテクニックだ。
 2005年設立から2年経過し、今回の北京におけるアジアスポーツ法学会の理事会では任期満了により、会長職が韓国から中国に移動した。当然のことながら会長選出の為の理事会の討議は、日本語・ハングル・中国語が飛び交い、時折英語とドイツ語が混じる。同時通訳は無理なので理事の中で、日本語とハングルの二ヶ国語に精通する教授と日本語とハングル・中国語の3ヶ国語に精通する教授が、論争に加わりたい誘惑を抑えてボランティアで交互通訳する。論争の種は理事の数に疑義があったことで、過去の議事録をパソコンから引っ張り出して理事会は夕食後延々3時間、深夜にまで及んだ。

3 分科会ではスポーツ選手のアマチュアとプロとの線引きつまり境界が中国選手の場合は明確でない。国家政府部門のチームに所属する選手はもちろん公務員ではない。しかし、海外派遣や強化費など選手活動は国家に管理される、選手の法的地位はどうなるのか討議が活発になされた。
 また、中国政府関係者の関心事は、中国人観客のスポーツマナーやオリンピック期間中に、外国人が中国の法律違反をしたときに、如何に対処するかである。論理的にはその国の法律違反をすれば、その国の法的処罰を受けることは当然である。しかし、中国の遅れている面や経済格差、さらには北京オリンピックに反対している一部中国人を探し出してきて外国人記者が取材し、人権問題だと批判的なマスコミ報道をする。放置すれば社会秩序に不利益を被らせる。もとより、外国人記者は賓客であり、大切に接待したい。どうバランスを取るか、担当者は神経質になっている。
 私の意見は、マスコミの報道規制は自由な言論活動を束縛することで、自由主義諸国には受け入れられない。国際社会のルールに反した行為をその国の政府がしているのを、外国政府や外国のマスメディアが批判するのも自由だ。国際世論をコントロールしようとすることは、世界経済市場をコントロールすることと同じで不可能だ。その外国人記者の処罰を国際社会から非難されることもあり得る。中国政府が検閲して、マスコミを押さえつけることよりも、上手な対応はマスコミにオリンピックに絡む小さな美談を多く報道させることだ。フィクションではなく、真実の小さな美談が心の琴線に触れ、外国人も含め多数の人々の心を捉えることになる、と事例を交えて話しをした。この提言が生かされるか、否か、結果はオリンピック後に分かる。

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