◆ 弁護士菅原哲朗 WebSite ◆

第二東京弁護士会所属 キーストーン法律事務所代表 弁護士菅原哲朗の個人サイトです。



 HOME > エッセイ(雑感) > スポーツ事故(事例) 


■エッセイ(雑感)■

(事例) スキー事故に対する刑事・民事の訟争手続き


【弁護士の初期調査】

 スポーツ事故は、子供の生命を失う危険性を有する。楽しいスポーツによる健康を願い、安心してスポーツクラブに子供を預けた両親の悲しみは深いものである。スポーツ指導者に重大な過失があっても骨折事故までは身体が回復するので、裁判に発展する可能性は低い。しかし、死亡した子供が戻らない以上、両親が加害者に対し法的責任を追及するのは自然の感情である。

 具体的な事件に即して解説すると、子供たちにスポーツ指導を業務とする民営のスポーツクラブが主催した春のスキー教室に、小学5年の長男を参加させたところ、引率指導者の過失により前夜祭のソリ遊びをリフト脇のナイター設備のない、圧雪凍結してアイスバーン状態の平均斜度15度の中級者用スキーゲレンデで実施したため、勢い余ってソリが防護ネットを越えてスキー場外の12メートル下の断崖へ落下し、全身打撲で死亡した。スキー旅行を主催した会社や監督者の法的責任を追及する民事訴訟を担当するときの弁護士の考え方を述べよう。

 民事訴訟は本人でも出来るが、専門案件では無理だ。両親にとって先ず困惑するのが、スポーツ事故専門の弁護士さがしである。無事に専門の弁護士に依頼できたとする。担当する弁護士は、スキーやソリのスポーツの特性を検討し、両親とともに直ちに現場検証に向かう。担当弁護士の初動が重要である。なぜなら冬のスポーツたるスキーは、雪が消える前に事故現場に行って、引率責任者の立場にたって子供に夜のソリ遊びが適切か、否かを検証する必要があるからである。

 現場から事実を抽出し、刑事責任を問えるほどの重大な過失か、民事責任のみの低い責任程度か、法的過失を組み立てていく。もちろん子供を預けた両親にとっても、何故死亡したのか原因を知りたいのは当然の要求である。担当弁護士はカメラと録音機材を持参して、出来るだけ両親と一緒に事実を調査する行動を開始する。

 参加者が宿泊した旅館の主人から事件当日の証言を聞き、ソリ遊びの雰囲気をおおよそ把握する。引率指導者は夜間ソリの危険性を子供に十分注意したのか、ソリ遊びの範囲を限定したのか。またスキー場の管理者から、ナイター設備や防護ネットの張り具合を検分し、この年は豪雪でネットが殆ど雪に埋まって防護が不十分との事実も認識した。

 以上の調査から、スキー旅行を主催した会社や引率責任者の「安全配慮義務違反」の事実を把握できた。ソリ遊びの場所が、昨年と異なり変更されていること、子供たちにソリ遊びの危険を十分に注意・説明せず、スキー場外に転落する危険な場所であり、下見をしないままソリ滑降が禁止されている中級者用ゲレンデで、夜間照明のないアイスバーン状況のなか監視者不足のままソリ遊びを実施したのである。

【捜査活動との連携】

 そして、死亡事故の場合は、地元の警察署も過失事件として捜査を開始している筈であるから、担当警察官に面会し、刑事事件としての捜査の成り行きにも注意を払う。日本の司法制度で法的責任を問う場合、被害者が原告として弁論主義のもと提訴する民事訴訟と検察官のみが職権で公訴する刑事訴訟では役割が全く別物である。しかし、死亡事故としての過失事実は同じであるから証拠は共用できる。

 スポーツ事故の場合は、故意犯は普通ありえず、「つい、うっかり」の過失犯である。従って、一般的には重い刑事責任まで問われることは多くなく、警察から書類送検されても検察庁で起訴猶予処分で終わる例が多いのである。担当の弁護士としては、将来民事訴訟を提訴する可能性を見通しながら、被害者の代理人として両親を同行し、警察の捜査に協力する。なぜなら、不起訴処分の場合は捜査記録が裁判所に顕出できないので、多数の証人を法廷で尋問する必要があり、民事裁判の長期化につながる。他方刑事処分がなされれば、国家機関たる警察や検察官が取り調べた検面調書や捜査報告書などを民事法廷に提出し、過失の証拠を固めることが容易なのである。

 本件の場合、地元の警察は、スキーシーズンはスキー事故が数件発生しており忙しい状況で、子供のソリ事故でもあり捜査を積極的に進行させることに逡巡している傾向が、新聞記者などの情報を総合すると伝わってきた。両親の刑事責任の所在を明確にして欲しいとの強い意向を受けて、担当弁護士としてはソリ事故の過失行為について法的論点を的確に整理して、速やかに厳正な捜査を進めるよう業務上過失致死罪で刑事告訴手続きに踏み切った。警察署に両親と一緒に告訴状を持参したときも、地元の警察は既に捜査を開始しているので、告訴までしなくても、との意向だったが、法的責任を明確にさせるためにも、告訴状を捜査機関に受理させることが大切である。

警察は事故発生から約1年半後に書類送検し、また検察官の転勤で担当検察官が交替した時も、両親は捜査に協力すべく検察官に調書をとって欲しいと東京から地元に何度も通った。刑事責任を問う場合、交通事故のような定型的な過失行為は認定が容易であるが、ソリ事故は先例も乏しく厳格な過失認定は困難である。捜査が進行するにつれ刑事処分相当との判断に傾いた検察官の指示によるのか、被害者の代理人弁護士に加害者の代理人弁護士から示談の申し出があり、面会交渉がもたれた。しかし、子供は金銭にかえられない、両親の怒りと悲しみは強く、示談は不調に終わった。

 確かに、民事責任の不法行為の時効は3年(民法724条)でまだ期間はあったが、民事訴訟を提起するまでには速やかに刑事責任を明らかにしてほしいとの両親の願いが込められたのである。平成11年、事故後3年目で略式命令により引率責任者は、罰金刑に処せられた。

【民事訴訟による判決】

 スポーツ指導を業務とする民営のスポーツクラブ会社に対する民事訴訟による責任追及として、不法行為責任(民法709条)と契約不履行責任(民法415条)の選択的請求か、それとも会社の使用者責任(民法715条)を追及して不法行為一本でいくか検討した。両親はすでに刑事事件で引率責任者が処罰を受けている以上、民事の責任まで個人責任を追及する気持ちは全くない。刑事事件で処罰されない有料であるスキー旅行を主催した会社の法人責任を明確にしたいとの意向である。

 法理論的には、対価を得て営業する会社が安全配慮義務を怠った、とスポーツ指導契約違反と考える方が筋が通る。しかし、両親の深い悲しみを慰謝するためにも民法711条(生命侵害に対する慰謝料)の規定により父母固有の慰謝料請求をすべきと考え、不法行為で請求権を立てることにした。

 また、民事訴訟の場では、裁判の進行にともなって裁判官から和解の勧告が出される。判決では金銭賠償を命じる主文だけである。和解条項ならば金銭賠償だけでなく、融通性があり被告から謝罪の言葉を込めた文書をも獲得できる可能性もありうる。他方、特に気をつける点は過失事件の場合、刑事裁判と異なり、民事裁判では当事者間の公平の観点から「過失相殺」(民法722条)をされることが多くあることである。もちろん被告は当然、過失相殺の抗弁を提出する。

 法律専門家は公平の観点からの法律判断と理解するが、過失相殺は死亡した子供も悪い点があったと、死人に口なしの中で、裁判所から子供の行動が非難されるのであるから、両親にとって極めて辛い心境に陥れる。
 被告は「参加児童にソリ遊びの滑走する範囲を伝えなかったミス」この点の過失を自認した。それとともに、過失相殺として、「死亡した長男は11歳で、夜間に急な斜面をソリで滑降する危険性を認識して行動する能力があり、上方に行き、加速する危険が大きい二人乗りで、ソリ遊びをなし、両足でブレーキをかけなかった」と主張した。

 法廷で両親は、父と母の視点から子供の生い立ち、性格、小学校での態度、家庭教育方法を証言し、子供に無謀な過失行為はないと証言した。そして、両親が裁判所の和解勧告に応じず、判決を求める理由として、法的責任を国家機関である裁判所の場で明確にして欲しいこと、いまさら子供は金銭で戻らないこと、子供の死を教訓として世の中に警鐘乱打したい気持ちであること、再び不幸なスポーツ事故が招来しないことを望むと親として冷静に語った。

 提訴後約1年半で、原告の請求一部認容の判決が下され、裁判所は「子供の行動は過失相殺における過失あるものと評価し、損害賠償額の算定についてこれを斟酌するのは相当ではない」と過失相殺を否定した。控訴期間である判決送達の2週間以内に双方控訴をせずに、この事件は確定した。

produced by MLSO