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■エッセイ(雑感)■

北京人の観戦マナーは? 2006年12月記


(1) 澄んだ青空の広がる北京の秋は、風が清々しい。文字通り「北京秋天」の2006年9月5日、北海公園の北にある前海と后海を散策し、案内役の学生と輪タクに乗って、地安門付近の胡同(プートン)巡りを楽しんだ。四合院造りの細道をサービス(?)の鈴音と行進曲テープ音楽を奏でつつ、入れ墨をして二人を乗せた自転車をこぐ力強い車夫は元々この地域の住人だと自己紹介し、四ツ角を曲がると路上で佇む知り合いから声がかかった。

欧米人の観光ツアー客もあふれ、再開発が進む北京の胡同保護区は、古風な外観を残しつつ、建物内装はお洒落な金持ちの屋敷に変貌しつつある。秋の陽射しを楽しむかのように湖畔のあちこちで野外で麻雀卓を囲み、人垣ができ、カード・縁台象棋を老人達が楽しんでいる。幸福感にあふれる子連れの若夫婦もいるので優雅な緑豊かな公園風景の様に見える。都市戸籍を持つ豊かな北京市民と農村戸籍の出稼ぎ労働者との貧富格差は確実に広がっている。

 もちろん北京だけではない。日本中国を往来する東京の「中国ビジネス交流会」の有力メンバーである日本人から近況報告のメールが来た。「中国を歩いている中で最近特に感じますのは、犬をペットとして飼う人が増え、地方都市にも波及してきたと言うことです。それだけ生活が豊かになってきたのかと思えます。ただ、犬の散歩を眺めている先に、犬肉料理屋の看板が目に付き、違和感を感じておりますが!」「今まで中国にはバブル経済は無いと云っていた中国の朋友も、2007年末頃は不動産関係で若干危ないのでは、と言い出しているものも数人出てきております。北京オリンピックを乗り越え、上海万博が無事開催されて、穏やかな発展がある事を願っております。」まさに外国人の目から見た最近の中国大陸の姿だ。


(2) 2006年9月4日、清華大学の公共管理学院において日本スポーツ法学会会長として「北京オリンピックにおける法的危機管理・・・ スポーツ法の視点から ・・・」と題する講演をしてきた。テーマは、「北京オリンピックの安全な開催」に関してである。現在北京オリンピックは2008年8月8日午後8時8分開催に向けて「新北京、新奥運」のスローガンで都市環境の緑地化を進めている。経済成長の最優先から、都市環境対策に力を注いで、大気汚染・交通渋滞・緑地不足・公衆トイレへの対応も進み「経済発展と緑豊かな都市環境」を両立させる街づくりに世界の市民が注目している。

 私はスポーツ施設などの建築物や水・電力あるいはSARSや鳥インフルエンザという新感染症対策の不安は全くない。しかし、ハード面に比べて、スポーツ観戦マナーなどソフト面の不十分さを指摘し、北京五輪が成功するか否かは、世界の市民から中国国民がスポーツゲームという平和を愛する好ましい市民だと評価されるか、否かにかかっている、と述べた。

 スポーツ観戦の場合、一例として出されるのは、中国における2004年8月7日、中華人民共和国北京市工人体育場でのサッカーアジアカップ決勝戦の出来事である。この決勝戦は、観客約6万人を集め日本チームと中国チームが戦った。中国の治安当局は武装警察隊約5千人を動員し厳重な警備体制を組んだ。だが、試合中、日本選手のプレーに繰り返し罵声が浴びせられ、日本の勝利が確定すると中国人サポーターは負けた腹いせに日本人選手やサポーターに対し憎しみのはけ口を求め、幸いけが人は出なかったが、駐在北京公使の公用車が襲われて窓ガラスが割られたり、国旗を焼かれたりした。


(3) つまり、日本と中国の間には、第二次世界大戦における戦争犯罪の歴史問題に絡めてA級戦犯を合祀する靖国神社への小泉前首相の参拝を韓国とともに批判し、国家元首の交流が途絶えるという世界の他の国々とは異なった特殊な政治問題が横たわっている。
 2005年8月に北京で開催された日中共同世論調査によれば、約88%の中国人が日本に対して好意的でないとの調査結果がある。さらに中国国内では貧富の差が益々広がり、中国で設立された日系外商投資企業での労働争議が発生し問題化している。

 2005年4月初めから約3週間、中国各地で反日デモが行われた。大規模なものは、北京・上海・成都・広洲・深セン・天津・瀋陽で発生した。
 インターネットで呼びかけられ集合した上海のデモは2005年4月16日に始まった。上海市の中心地である人民広場と黄浦江で、約百名程度が武装警察隊の警備のなか「日貨排斥」「教科書改竄抗議」などのスローガンを掲げ大声で叫びつつ、進行とともに数万人に脹れあがり、公安に誘導されて最終目的地である在上海日本国総領事館に向かった。途上、デモ参加者は、暴徒化して周辺の日本料理店や自動車を破壊し、日本人2名がデモ隊に取り囲まれて軽傷を負う被害を与え、上海日本領事館を取り巻いて投石する反日デモの模様が連日連夜、日本でテレビ報道された。


(4) 五輪スポーツは利害打算を超えた一過性のイベント(お祭り・ゲーム)である。
 国際オリンピック憲章は、「3−2 人種、宗教、政治、性別、その他に基づく、国もしくは個人に対するいかなる形の差別も、 オリンピック・ムーブメントヘの帰属とは相入れないものである。」と定める。もとより、国際スポーツ大会の趣旨は、「国際的な相互の理解と友好・親善を深める役割を果たす」ためにある。

 しかし「冷静な眼」で現実を見据えた場合、日本と中国の間の「反日感情」と「嫌中感情」は、2008年8月の北京オリンピック開催時点までには完全には無くならないであろう。万一、反日感情が高まった状態で、2008年北京オリンピックを迎えるとしたら、中国で競技を行う日本人代表選手や日本人観光客に危害が及ぶ危険性を考慮に入れざるを得ない。その選択肢は二つだ。

 @ 北京五輪に日本代表選手団は参加するが応援団・観光客は北京に行かず、日本で衛星テレビ報道を楽しむ。

 A 北京五輪に日本代表選手団だけでなく応援団・観光客も多数参加し、日本人と中国人が積極的に日中友好・国際交流を図る。

勿論、東アジアの平和のためにも望ましい選択肢がAであることは、誰しも分かる。
 ポイントは、勝負にこだわるスポーツ観戦マナーだけではない、北京市政府の治安維持対策を全面的に信頼できるか、否かである。


(5) 2006年8月27日から9月5日まで、北京市豊台スポーツセンターで北京オリンピックの予選をかねた第11回ソフトボール女子世界選手権が開催された。日本チームは9月3日に地元中国に延長の末1:0で勝ち、オリンピック3連覇の米国に決勝戦で負けた。日本女子チームは準優勝し、北京五輪の出場権を確保した。当日取材した日本メディアの報道によると、異口同音に9月1日のオーストラリア対日本の試合を観戦する9000席を埋めた北京市民のスポーツ観戦マナーにやり切れなさを感じたという。

 オーストラリア選手のプレーに拍手喝采するが、日本選手のファインプレーに深い沈黙とため息、「小日本には勝たせたくない」という雰囲気が高じて日本選手がエラーすれば大喜びする観客マナーだったと言う。スポーツゲームは競技である以上、勝者と敗者が生まれる。ひたむきに自己の持つ身体能力を発揮する選手達に、勝者を賛美し、次の勝者となり得る敗者を励ますのがスポーツ観戦をなす者のマナーである。

 清華大学でのセミナー参加者は大学教授と研究者および北京市の行政担当者である。当然のことながら、皆、北京オリンピック成功への関心が高く、講演後の質疑応答も真剣な姿勢が窺われた。質問の一つに、中国でスポーツ観客のマナーを良くする特効薬はないか、と女性の研究者から声がでた。

 私は、「特効薬はない。公道に痰唾を吐く、ゴミを捨てる昔の姿はなく、北京市民のマナーは毎年良くなっており、2年後の五輪に向けて着実に進めるしかない」と回答した。


(6) 祭典は夢である。北京オリンピックが終わって、素晴らしいスポーツイベントだった世界各国にアピールし、世界市民に美しい平和の祭典だったと記憶に残すポイントは、(1)スポーツと政治の分離(2)スポーツとビジネスの分離である。

 当日講演で述べた日本語の堪能なボランティアの中国人で組織する(仮称)「北京オリンピック紛争予防相談室」を設置せよとの提言は、「冷静な眼」で現実を見据えて、双方の国民感情のしこりを解きほぐすべく「暖かい心」で北京市当局は対策を検討すべきとの発想であった。

 講演が終わって、北京の仲間と食事をした。冒頭の「野外の麻雀卓を囲み、人垣ができ、カード・縁台象棋を老人達が楽しんでいる」との雰囲気を話すと、彼は北京人のマナーと言っても、スポーツゲームと賭け事を切り離さないと駄目だ、と述べた。

 麻雀・トランプなど北京人は「賭け事」が根っから好きなので、ドイツで開催されたFIFAワールド杯サッカーもスポーツ自身を楽しむより、社員が出し合った優勝の賭金を誰が独占するかテレビを観戦しつつ会社内の騒ぎが大変だったと語ってくれた。
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